大学で就活に失敗して、IT土方に就職してしまい薄給激務でこき使われ、嫌気がさして無職になるまでをまとめてみようと思います。
このブログを読んで、IT業界に就職するのは絶対に辞めよう。
そう思っていただけると幸いです。
何故なら、このブログを書くのは
この業界がどれだけ終わっているかを実体験を基に公にするためです。
前置きはここまでにして、
時系列でまとめましたので是非とも読んでください。
就職できたのは自分の書いたプログラムだけ
大学4年の冬。
私は、3年の末から就活をしてるのにも関わらず、未だに内定を貰うことが出来ずにいました。
私が大学時代はリーマンショック&東日本大震災後の就職超氷河期。
周りでも何十社受けても決まらない人が多く、私もそうでした。
大学の教授たちも「前の氷河期より悪い。過去最悪だと思う」と口々に話していたのが印象的でした。
そんな状況の中、当然大学の研究も進めなければなりません。
研究を何とか終わらせた私は、共同研究している企業へ研究成果を発表する機会がありました。
成果も出してるし内定貰えるかなという淡い期待がありましたが、当然採用のさの字もなく、書いたソースコードを企業へ渡して終わりました。
そのまま、就職できたのはソースコードだけ、書いた本人は就職先も見つからずに卒業しました。
まさに無い内定です。
何とか就職するために県の就職事業に参加
卒業後も就活をしましたが、在学中より悲惨でした。
10社近く受けましたが、1社以外書類選考落ちばかりです、その1社も最終面接で落とされました・・・。
このままではいけないと思い、たまたま見つけた就職事業に応募し、何かとか事業に採用されました。
しかし、就職事業に入ったからと言ってうまくいくわけもなく、何社受けても受かることもなく、もし受かったとしても、就職事業所属期間の使用期間に教育なしで現場に放り込み、仕事が出来たら契約社員として採用して様子見、出来ないならばはいさようならなブラック企業しかなく(もちろん使用期間でクビ)、就職にありつける事はありませんでした。
就職事業の期限もあと1ヶ月と迫った時、何とか1社採用にありつけました。
しかし、これが本当の地獄の始まりだったとは、当時の私は露程にも思っていませんでした。
就職したのは悪名高い人売りITだった
何とか就職できましたが、しかしそこは「人売りIT」「IT土方」と呼ばれるブラック企業でした。また、福利厚生も求人票に書かれていた内容と違いました。
実際にはこんな感じです。
- 実質派遣で一人で客先常駐
- 派遣されるには面談という名の面接を合格しないといけない(違法)
- 派遣先は単価※の高さで決まるので勤務地すら選べず長距離通勤の場合も
- 多重派遣のオンパレード(違法)
- みなし残業制を導入していて月45時間以上残業しないと残業代は発生しない(求人票に記載なし)
- 残業代は基本給を時給で割った給与より低い(求人票に記載なし)
- みなし残業手当の所為で基本給が全国最低賃金を下回っている(求人票に記載なし)
- 深夜割増、休日割増は無し(求人票に記載なし)
- 年2回の賞与と記載されているのに実際は支給無し
- 最初の1年は契約社員扱い(求人票には正社員で募集)
- 1年過ぎても契約社員扱い(詐欺)
- 地元に就職のはずが強制的に東京に転勤
- 3年以内の離職率が80%以上
- 新卒はアルバイトとして卒業前から派遣
- 国からの助成金を不正受給
- 派遣先の面接に合格しないと仕事が無い常時リストラ予備軍
※単価:派遣先の会社から貰えるお金
待遇も安定性も将来性の皆無の最悪の会社だったのです。
3年働いて職歴付けて転職しようとなんとか我慢して働きました。
某大手公共交通系ネットワーク更改案件
某大手公共交通会社会社のネットワークが古くなったので、それを新しくするための仕事です。
詳しくはその際に必要なネットワーク機器を操作する手順書の作成を行う要員です。
何とか面接に合格して大手IT企業の下請けで客先常駐している会社に派遣されました。
実際はこんな感じの仕事内容でした・・・。
- 作業内容の変更は作業日ギリギリまで行われるのは日常茶飯事。
- それの修正作業に追われて毎日終電の時も。
- それにも関わらず、手順書にミスがあると最悪交通機関を止めてしまう可能性がある。最悪損害賠償。
- 急な出張は当たり前
- 転勤自体も1週間前に告げられる
- 転勤費用は全て自腹(会社の所為)
これが全てではないですがこんな感じです。
ですが、この案件は個人的にはかなりマシな方です。
ここでの実体験は↓でまとめてあります。(すべて出し切ってる訳ではないので随時更新中)
某大手キャリアの新サービス導入に伴うサーバ構築案件
案件内容は某大手キャリアが通話用の新サービスを導入するのでそのためのサーバを構築するための仕事です。
前回の某大手公共交通会社会社の案件が終わり、その案件を担当していた大手IT企業のプロジェクトマージャーから気に入ってもらい、その大手IT企業が担当する別の案件に行くことが決まりました。
しかし、何故か自社からお得意先の〇〇って会社(大手下請けの客先常駐会社)の案件の面接を受けろとのご命令を受け、渋々受けることに。
どうせ受からないだろうと思ったら何故か受かり、そこに派遣されることに・・・。
ちなみにまた東京戻されました。
そこに待っていたのは炎上プロジェクトで
毎日終電、徹夜も当たり前、休日出勤、急な出張、次々降りてくる無理難題、そして次々と辞めていく作業者たち
まさに生き地獄そのもでした。
具体的には・・・
- 仕事量がかなり多く、次々降り注ぐので毎日終電
- 定時過ぎくらいに明日の朝まで終わらという命令が下るのも日常茶飯事で徹夜も当たり前
- 勿論休日出勤も当たり前
- 残業時間が100時間越えることもよくある
- 人によっては200時間に達してる人も
- サーバの設計、テスト、作業手順書の作成を自分一人に丸投げされる。
- キャリアのデータセンターにある操作未経験の機器の作業を丸投げされる(それも前日に)
- 担当している機器と同種類という理由で別の炎上案件の兼任させられる(契約違反)
- 担当している機器以外の担当も突然やらされる
- 何故か唯一のあらゆる種類の機器の構築を行うスーパーサブ扱い(要は便利屋)
- 前日の夜に朝一での出張を言い渡される急な出張が当たり前
- ある人が出張先で心臓発作で倒れ、入院して退場
- ある人は会社をバックレて退場
- ある人はこの案件に嫌気がさして退職。
- ある人は入社1ヶ月なのに嫌気がさして退職。
- ある人は「これが俺の最後の仕事だ」言い残し出張先で逮捕されて退職。
- 経験者が辞めて、未経験者が次々と入れ替わりで入っていくので経験者の負担がどんどん増加
- ↑のループ
もっと上げればきりが無いのでこれくらいにします。
この頃には3年と言わず直ぐにでも転職しようと考え始めました。
ここでの実体験は↓でまとめてあります。(すべて出し切ってる訳ではないので随時更新中)
官公庁向けサーバ構築案件
某大手キャリア案件を何とか抜け出すことが出来た私は官公庁向けサーバ構築案件の面接に合格し、そこに派遣されることになりました。
これがあの地獄から解放されると喜んでいました。
しかし現実は
毎日終電、休日出勤、徹夜も当たり前、パワハラ上司の恐怖政治がしかれている
前の案件より更に酷い地獄が待ち構えていました。
具体的には・・・
- 触ったことのない複数のミドルウェア※の設計書の作成・サーバ構築の為の手順書作成、テストを2週間で終わらせることを強要される
- それもテストをするための環境構築も同時に進めないといけない
- 明らかに無理の有る構築スケジュール
- ちょっとしたミス、遅延でも上司の罵声を浴びせられる
- 仕事量がかなり多く、毎日終電、休日出勤、徹夜も当たり前なので残業時間は100時間を超えた続けた
※ミドルウェア:OSの補助をするソフトウェアのこと
こんなに酷いので早急に退場してもらうよう自社に相談しましたが、逆に契約の延長をさせられました。
流石にこの頃にはバックレを検討し始めました。
金融系サーバ更改案件
何とか官公庁向けサーバ構築案件抜け出した私は、何とか多重派遣(4次受け)ながら金融系のサーバ更改案件に派遣されました。
どうせ今回も炎上プロジェクトだろうバックレてやると思いました。
ですが、
- 定時で帰れることが多い
- 残業があっても夜9時前には帰れる
- 一生遊んで暮らすにはどうすればいいかという議題に始まり、金持ちのヒモになるというしょうもない結論で完結する議論を交わすくらい仲の良い上司がいる(←ここ重要)
と今までと段違いに平和な案件でした。バックレることをやめ、頃合いを見て転職しようと転職の準備をぼちぼちと始めました。
確かに無理難題もちょくちょくありましたが、これまでと比べれば天国です。
会社がとんでもないノルマを発表
年一回、休日に開催する強制参加の社員旅行で経営計画の発表の場で、経営陣はとんでもない発表をしました。
全員正社員化する代わりに
- 今年度中に資格の強制取得
- 社長推薦書3冊以上の読書感想文の提出
- ほぼ毎週休日に開催する社内イベントに7割以上出席
上記のノルマを年度内に達成しなければアルバイトに降格するというとんでもない発表をしました。
アルバイトになると契約社員より待遇は最悪で
- 給与の減額
- 雇用保険無し
- 社会保険無し
- 交通費が全額自己負担
となってしまいます。
上の1つは分からなくもありませんが(でも炎上案件に派遣されている人は寝るなって事かな?)、下の二つは完全に社員の私物化にしか見えませんでした。
ちなみに、正社員になっても契約社員の時と待遇は一切変わりませんでした。
転職活動を始めるもSESのキャリアパスの無さに絶望
平和な案件を引き当てて、僅かながら転職活動に時間を設けられるようになり、SES脱出、SIer脱出に向けて転職活動を開始しました。
SESだけど一応経験は積んだし、人手不足も相まって転職は余裕だろうと思ってました。しかし、現実は厳しく全く上手く行きませんでした。
詳しくはこんな感じです。
- 登録した転職サイトで送られてくる求人はSESばかり、良くて下請け中小零細SIer
- 自社開発をしている会社を見つけ応募するも書類落ち
- 別の会社でなんとか面接にありつけても、SESでは経験できない上流工程(マネジメントや客と折衝し設計に起こす等)のスキル不足とキャリアパスの無さを感じ絶望(もちろん不採用)
- 別な会社では、手ごたえを感じたものの、前職がSESだと分かった時点で渋い顔をされ面接終了(もちろん不採用)
- そもそもSESのキャリアでは募集要項すら満たせない企業が多い
僅かながらに始めた転職活動は失敗(書類落ち4社、面接落ち2社)し、SESのキャリアパスの無さに絶望する結果となりました。
納期も迫ってきて忙しくなり転職活動を中断し(転職活動に希望が見えなくなったのもあるけど)、納期後に再度チャレンジしてみることにしました。
中間搾取の会社から突然退場を言い渡される
金融系サーバ更改案件が終わり、同じ派遣先の別のプロジェクトへ異動することになったある日、多重派遣された私は突然、中間に挟んである会社の営業から電話がかかってきて「〇〇君、今月でここ終わりだから」と突然言い渡されました。
そのあとすぐに自社の営業から電話がかかり、業務終了後に次の案件の面接に行くよう命じられました。
そのあと、知らない会社の営業に連れられ面接を受けました。
面接では炎上プロジェクトと言われ行きたくないなと思いましたが、運悪く受かってしまいました。
派遣先マネージャーからの転職斡旋
転職に向けて動いていて会社のノルマを完全無視していた私は焦っていました。
就業から4年目目前となり本格的に転職活動を本格的に始めようと思っていた矢先、突然退場、炎上プロジェクトへの派遣が決まってしまい、転職活動に時間を当てられるのか雲行きが怪しくなりました。
退場を言い渡された数日後、派遣先のマネージャーから同じ派遣先で常駐している会社の採用があるから興味があるなら話でも聞かないかと聞かれました。転職活動の雲行きが怪しかったこともあって、朗報だと思い話を聞くことにしました。
翌日、紹介された会社の社長とマネージャーと私の3人で話を聞きました。
内容としては
- 自社開発や内勤を行っていて、今は客先常駐もあるが将来的にはそれをメインにする
- 客先常駐だけど、一人客先常駐ではなくチーム単位での出向
- 来てくれるなら今より給料をアップする
- ボーナスあり
- 残業代は全額支給
- 今の派遣先を請負という形でそのまま継続
これはいい話のように思えましたが、そこでは返事はしませんでした。
しかし、会社を辞めて転職活動するか、アルバイトに降格されるかの選択肢を考えるとこれ以外いい方法が考えられず入社を決意しました。
退社をする際も色々と会社とひと悶着ありましたが、なんとか転職を完了することが出来ました。
転職先での現実
実際入社すると提示した話とは違い、転職失敗か?と思い始めるようになりました。
具体的には
- 内勤の案件を行っていたのは過去の話で、現在は客先常駐しかない
- そもそも将来的にもやる予定が無い(社長曰く自社開発や内勤の案件はリスクが高いから)
- 下請け孫請けSIerだと思っていたらその内実SES
- 給与は上がったが、訳の分からない手当で盛っているだけで基本給は20万未満
- 賞与は年1回でMAX基本給の一ヶ月分で数万円の寸志
- 賞与が支払われるのは2年目から
- 多重派遣のオンパレード
- 健康診断は形骸化して無いも同然、それも自腹
それでも前の会社より遥かにマシな待遇だったし、平和な常駐先を続行できていたので何かとか我慢して働いていました。それに加えて自社の常駐員がたくさん働いていたので、孫請け程度にしか思っておらず、SESから脱出できたと思っていたのも大きいですが。
平和な常駐先で働いてましたが、それの終焉とともに、転職した会社が、取り敢えず空いてる現場に放り込み、一人客先常駐、多重派遣のオンパレードな、まさにSESのクソ企業だということが判明することになりました・・・。
突然の退場
金融系サーバ更改案件の時の上司と二人で遂行していた炎上プロジェクトの終了が一か月前となったある日、会社の社長から直々に電話がかかってきました。
異動する予定だったプロジェクトが延期になったので来月末で退場することになったと告げられました。
業務中に抜け出して案件の面接を受け続ける日々。
孫請けSIerくらいに思っていたその会社も、実際の所はSESで「これじゃあ、前の会社と全然変わらないじゃないか完全に転職失敗だな」と思うようになりました。
本来4人でやる予定だった案件を2人で遅延なく完遂したのにこの仕打ちと言う思いもあり不満は募るばかり。
スキルミスマッチ炎上プロジェクトへの派遣
何回も面接を受けなんとか次のプロジェクトに決まりました。
しかし、決まった派遣先はOS以外一切の未経験という、スキルミスマッチという懸念材料がありましたが、面接の話だと構築が終わってテスト業務と聞かされていたので何とかなるだろう思いました。
しかし、現実はかなり厳しい状況でした。
- 実際は調査業務で、情報を収集して何が原因なのか月2回客に報告する
- それを基に各ミドルウェア(未経験)設計の見直し、プログラムやDBの改修
- 客へのミドルウェアすべての設計の提案
- 昼夜問わず客から仕事が降り注ぎ、早急に対応しないとクレーム
- ↑の所為で毎日終電、休日出勤も当たり前の勤務形態
- 半年の契約だったが本当は2年契約
ちなみに一人客先常駐なので誰にも相談できず自力でなんとかしないといけません。
ついに完全にスキルミスマッチでクレームを入れられました。
そして会議室に閉じ込められ、このミスマッチをどう対応するのか、案件発注のプロパー社員、常駐先企業、その下請け企業の10人以上から問い詰められるという最悪な状況になりました。
ついにバックレへ
スキルミスマッチ案件に派遣され、ミスマッチの為全く仕事が出来ず、プロパー社員、客先の上司、下請け企業の上司、そして業務終了後に自社の社長と営業からも尋問を受ける日々。
これまで数々の炎上プロジェクトを耐えてなんとか乗り越えてきたのに、
転職してもまた同じ生き地獄を繰り返すのか・・・
これを乗り越えてもまた生き地獄が待ってるんだろうな・・・
どんなに頑張ってもスタートラインから間違っているから抜け出せないのか・・・
完全に転職失敗だな・・・
IT業界で働いていて何一つ良い事無かったな・・・
貴重な20代を完全に無駄にしてしまったわ・・・
そんな悲壮感が脳内に充満し、いかにしてバックレるかという計画を立てるようになりました。
それも勤務中は頭の片隅にバックレシミュレーションを繰り返して精神を保ってたくらい。
派遣されてから一ヶ月経った頃に、内容証明郵便で退職届を提出してバックレを決行。
そして長旅へ・・・。
現在は・・・
退職届も受理され現在は無職。
IT土方という生き地獄から解放されましたが・・・
IT業界には絶対に戻りたくないし、別業界に行くにしてもアラサーとか言われる年齢じゃブラックしかない八方塞がり・・・。
生き地獄な上に何の救いもない業務経験をしたIT業界の実態を公にしてやろうと思いこのブログを立ち上げました。
最後まで読んで頂きありがとうございました。